2013年7月22日

第23回参議院議員選挙自民党圧勝 

 

自民党の原発に関連する主な公約 

1:資源小国(輸入国)から資源大国(資源・エネルギー技術を活かしたシステム等の輸出国)へ転換させ、地球規模での安全・安心なエネルギー供給体制の普及拡大する。

 

2:世界最高水準のスマート・コミュニティや原子力技術等のインフラ輸出の支援体制を強化。2020 年に約 26 兆円(現状8兆円)の内外のエネルギー関連市場を獲得する。 

 

3:原子力発電所の安全性については、原子力規制委員会の専門的判断に委ねる。その上で、国が責任を持って、安全と判断された原発の再稼働については、地元自治体の理解が得られるよう最大限の努力をする。 

 

4:高レベル放射性廃棄物の「大幅な有害期間の短縮・ 毒性の低減化」の研究開発を加速させる等々・・・  

 

昨年12月、第二次阿部内閣発足時の原発に関する自民党の公約「原子力に依存しない経済・社会構造の確立をめざす」は半年もたたず、「エネルギー輸出国家への転換」・「地球規模での安全・安心なエネルギー供給体制の拡大強化」・「世界最高水準の原子力技術の輸出」と180度転換した。 

 

福島原発事故以来、この3年間、「脱原発か原発推進か」に国論は二分され、最近では珍しく国民的問題ともなっていた。しかし、今回の選挙では、争点となることもなく自民党の圧勝に終わった。なぜ「脱原発」ではだめなのかの説明はなく、それどころか「脱原発」はタブーでもあるように阿部首相はじめ閣僚、自民党立候補者達の口は重かった。 以下の記述はなぜ「脱原発」が封印されたのか?私なりに考えを纏めてみたものです。  

 

2010年現在、世界の原子炉の総数は437基。その最大保有国は米国104基。そのあとにフランス59基・日本54基・ロシア31基・韓国20基・イギリス19基・中国10基などがつづく。中国は2030年までにさらに80~100基の原子炉開発予定。なお世界全体としては20年後には約2倍の約900基程の原子炉が稼働するといわれている。  

 

1986年4月のチェルノブイリ事故以来、原発先進国は安全基準をより厳しいものに改めてきたが、脱原発運動の広がりもあり、国内での新原発建設は頭打ちの状況にあった。一方、エネルギー不足に悩む新興工業国家(東欧・中近東・インド・アジア諸国)にとっては米国、フランス、日本、ロシア等の最新の原発関連技術は垂涎の的。日本の54基の原子力発電所建設には約13兆円かかったといわれ、1基平均約2400億円。原発プラント輸出はさらに数兆円莫大の利益を生む。現在、米・仏・日・露・韓・中国は原発輸出にしのぎを削っている最中にある。  

 

日本の原子力産業・原発輸出を担うのは原子力御三家と言われる三菱重工、日立、東芝の三社。これらの三社を頂点に約2,250社を超える中小の原子力関連企業がすそ野に広がり、さらに鹿島・大成・大竹・清水・竹中などゼネコンがそれを支える、いわゆる「原子力ムラ」。やがて、原発輸出競争の流れの中で三菱はフランスのカルバ社と業務提携を締結。日立は米国のゼネラル・エレクトリック社と経営統合し、東芝も米国のウェスティングハウスエレクトリックカンパニー社を買収など、日本の「原子力ムラ」は今や、世界的な「原子力技術独占・利権共同体」へと変質をとげ、フランスや米国の利害にもかかわる寡占状態を作り出している。 

 

こういう流れの中で2011年3月福島原発事故が発生した。 

 

「大地震と津波」で「原発安全・安心」の神話が崩れ去った。チェルノブイリ事故から25年後の原発先進国での事故。政府はオウム返しのように「想定外」と「直ちに被害はない」を繰り返すばかり、一方、東電の絶望的な原発事故修復作業は混乱を極め、遅々として進まない。

 

 被曝国日本・・・世界のどの国よりも放射能の恐ろしさを熟知していたと思われたが、政府や東電の対策は遅すぎた。また、我々も「原発安全・安心」の神話から抜き出せず「そのうち収束するかも」と高をくくってテレビや新聞を眺めていたのかもしれない。しかし、やがて「メルトダウン」の恐れが高まり、原子力緊急事態宣言が発令。半径20km以内の住民に避難命令が発動。避難民約20万人。ここにいたって我々は初めて放射能汚染の恐怖を実感し始めた。東北・北関東各地で高濃度のセシウムベクレルが検出。放射能安全基準値は次々と書きかえられた。放射能汚染の恐怖は福島だけのものではなく、地域を問わず我々の日常生活へと迫ってきた。 

 

脱原発・・・。それは「放射能汚染物質」という異物に対する自然界を含めた生命体全体の「自己保存本能」の叫びかもしれない。また、事故発生以来変わらない東電の「希釈・後出し情報公開・隠ぺい体質」に対する不信感も加わり、脱原発の意識はいやが上にも高まった。 

 

最終処理処分地は未定のまま、年間1000トンペースで使用済み核燃料棒は生産され、日本国土に埋設。一旦、事故が起これば、数十万人規模の避難、放射能汚染水は海へ放出、汚染土砂は各地に分散するしかない。これが「世界で最も安全・安心な原発先進国日本」の技術なのかと疑うばかりだった。 今回の福島原発事故はこれからの日本のエネルギー資源はどうあるべきか、このような取り返しのつかない結果を引き起こす原子力依存経済社会でいいのだろうか?我々一人一人に問いかけた。

国論は二分された。原発再稼働か脱原発か?

 

 一方、福島原発事故以後、諸外国はどういう動きをしてきたのか。 ドイツではチェルノブイリ事故以来「原発推進か脱原発か」は長く国民的問題となっていた。そして福島原発事故発生をきっかけにその三日後、「脱原発」を表明した。その厳しい放射能食品安全基準値(子ども4ベクレル・大人8ベクレル)は有名。 ただ、原発に替わりうる有効なエネルギー資源については模索中。不足がちな電力はフランスから購入している。

 

 世界最多の原発を有する米国はどうだろう? 米国内では現在、静かに廃炉の動きが広がっている。オバマ大統領は以前、新たに35基の原発設置を表明していたが、福島原発以後は言及することはなくなっている。これはいわゆる「シェール革命」と言われるもの。原発より費用対効果・安全性の上で、はるかに勝っている「シェールガス」が原子力エネルギーに変わりうるものとして見直されていることによる。地球全体を5~6回繰り返し破滅させても余るほどの核爆弾を持つ米国にとって、これ以上、核兵器の原料となるプルトニウムを生み出す原発増設の必要性は薄くなっているのだ。

 

脱原発の方向性を明確に示したドイツと廃炉の方向へ歩みだした米国。それぞれの国家の特殊性はあると思うが「原発の賛否は別として、原発はリスクが高い。一方再生エネルギーはリスクが低い」というとらえ方は一致している。この認識・・・原発に関する特別な考え方でもなんでもなく、常識的なものではないだろうか。すごくシンプルで子供でも大人でも納得できる判断だと思うが・・  

 

2012年12月の第二次阿部内閣発足後、一ヶ月もたたないうちに阿部首相は最初の訪問国としてベトナムを選んだ。ベトナムとは既に2010年ベトナム第2基目の原発建設契約を締結済。(第1基はロシア製)しかし福島原発事故を受けて民主党は「原発0」を宣言。ベトナムの原発契約に不安を感じた阿部首相は原発推進の姿勢を内外に示すべく契約確認のために行ったのだ。そしてさらに5月、阿部首相はアラブ首長国連邦・インド・トルコを歴訪。インドとは原子力協定を締結。アラブ首相国連邦・トルコとは原発建設の契約を締結。特にトルコとの契約は総額約220億ドル(約2兆18oo億円)規模のプロジェクト(三菱重工とフランスのアルバ企業連合)。福島第一原発事故発生以来、日本にとっては初の原発関連の大型受注となった。  

 

日本国内では「原発安全・安心」の神話は崩れ、放射能汚染の不安は払拭されず、事故「収束」の目安さえもつかめない状況にある。それなのになぜ、原発推進・原発輸出か?海外に「原発安全・安心メイドインジャパン」を売り込む阿部首相の姿に首をかしげる人も多かった。福島原発事故で後れを取った原発輸出競争。長引くデフレからの脱却。景気回復を前面に押し出し、原発輸出に奔走する阿部首相に「脱原発」の声は届かないようだ。いや、実は彼は「原子力に依存せず・脱原発」の方向にかじを切れないのだ。国民がどんなに「脱原発」を願っても出来ない状況に日本は置かれているのだ。 

 

日本の原子力研究は朝鮮戦争が休戦状態に入った2年後の1955年に始まった。日本としてはエネルギー資源小国の将来的課題として「原子力エネルギー開発研究」の支援を米国に申し込んだ。当時と言えば冷戦の真っただ中。米国にとって日本は同盟国とはいえ、原子力開発は核兵器開発と同義語。国家安全保障に関わる問題。原子力開発技術は最高機密事項。それでも米国は日本の要求を受け入れた。もちろん厳しい条件付きだったが。日本は小躍りして喜んだに違いない。しかしこれは国家安全保障の枠組みの中でならという米国の思惑が秘められていた。同時にそれは「エネルギーを制する国は他国を制す」という米国の世界エネルギー戦略に日本がのみ込まれていく第一歩でもあった。 

 

この年、日米原子力研究協定締結。

研究用としての原子炉と濃縮ウランが米国から供与され、以来1968年、1988年と原子力協定は改定されてきた。特に1988年の改定においてはそれまで逐一、米国の厳格な個別同意を必要とされていたものが「包括事前同意制度」(あらかじめ定めた枠内で、再処理等の諸活動を一括して事前に承認する方式)に変更された。これは米国としては日本に大幅な裁量権を与えたものと解釈できるし、日本側としては米国の個別同意を得なければ何もできない状態から解放され、米国とより対等になったと解釈したかもしれない。しかし、これはあくまでも米国の安全保障の観点から見て米国が許容しうる範囲なのだ。 

 

1988年の「日米原子力協定」これを注意深く読めば国家安全保障の文言が第11条に初めて現れる。第11条には次のように記されている。 

 

第3条・第4条・または第5条の規定の適用を受ける活動を容易にするため、両国政府は、これらの条に定める合意の要件を、長期的、予見可能性および信頼性のある基礎の上に、かつ、それぞれの国における原子力の平和利用を一層容易にする態様で満たす別個の取極めを、核拡散の防止の目的およびそれぞれの国家安全保障の利益に合致するよう締結し、かつ、誠実に履行する。 つまり、この「原子力協定」は核拡散防止目的もあるが、同時に日本と米国の国家安全保障の利益が合致する限りにおいて効力を有すると明言している。

 米国のいう国家安全保障の利益に合致する方向に常に日本政府は進まなければならない。

 

もし日米の国家安全保障の利益が合致しない事態が生じたらどうなるのか?それは第12条の意味する状態になる。(抜粋) ・・・

 

他方の当事国政府は、この協定の下でのその後の協力を停止し、この協定を終了させ、この協定に基づいて移転された資材、核物質、設備もしくは構成部分または、これらの資材、核物質、設備もしくは構成部分の使用を通じて生産された特殊核分裂性物質のいずれの返還をも要求する権利を有する。・・・(移転された核物質とは米国から輸入された濃縮ウラン。資材・設備構成部分とは原発に必要な一切のシステム) 

 

すなわち、原発稼働に必要な濃縮ウラン(日本はその70~80%を米国から輸入している)がなくなり、54基の原発は稼働しなくなるどころじゃない、米国からこれまでに日本に供与された原子力発電に関する一切のシステムを返還させるという・・日本の「原子共同ムラ」の住民が聞いたら震えあがる内容が書いてある。  

 

世界第三位の生産力を誇る日本の経済状態は一気に衰退する。

今や、日本は「薬物依存症」ならぬ「原子力依存症社会」。

どっぷりと原子力エネルギーに浸かって、もはや抜き差しならぬ状態にある。これは米国の原子力エネルギー世界戦略に取り込まれた日本の現実の姿だ。「原子力に依存しない経済・脱原発」などは妄想。 阿部政権には選択肢はない。「原発推進」するしかない。

 

従来通り、米国から濃縮ウランを購入し続け、日本が飽和状態になるまで原発を造り続け、原子力関連技術の特許使用料を米国の「原子力ムラ」に払い続け、そして「原発輸出」を推進する。それが米国の国家安全保障の利益に大いに合致することなのだ。

この「原発あるいは原子力技術輸出」は、日本が取り込まれてきたように「エネルギー世界戦略」の側面を同時に合わせもつ。 「エネルギーを制する国家は他国を制す」・・・この考えは他の核保有国、中国・ロシア・フランス・イギリスも同じである。 

 

原発需要の高まりが世界的に広がる中、この市場の何%を獲得するか?その獲得率がそのままこれらの国家の安全保障の利益の大きさを表し、同時に、影響力の大きさも示すものになる。この熾烈な競争に一国で参加するより、パートナーがいればより優位に戦える。米国のパートナーは・・・日本。被曝国日本。 原爆アレルギーを払拭し、今や世界第3位の原子炉数を誇り、そのエネルギーは平和的にのみ利用し、世界経済をリードする大国日本。核兵器を持たない安全安心の原子力技術国家日本はこれから原発エネルギーを求める国々には理想的な姿に見えるだろう。

 

平和国家日本の「原発輸出」は例えば、反米意識の強いイスラム諸国に米国製原子炉だとテロの対象になる恐れが強い。しかし、日本製だとその危険性は低下する・・・そういう読みもあると思う。日本と米国は同盟関係にある。日本の「原発輸出」増大。それは米国の「国家安全保障の利益」の拡大でもある。

「それぞれの国家安全保障の利益に合致する」という意味はここにあると思う。 

 

その最強のパートナー日本が福島原発事故を契機として「原発0」「脱原発」の方向へ進む。これは米国にとっては「青天の霹靂」だったに違いない。ここまで日本が発展してきたのは他の同盟国にはない特権的な「原子力技術」を供与されてきたからであり、しかも、日米安保条約、核の傘に守られながら・・・「脱原発」は本気か?「原子力協定」第11条に基づき第12条を発動する、いいか?

 

このようなメッセージが日本政府に米国から送られてきたのではないだろうか。米国にとって「日米原子力協定」は「日米安保条約」と同レベルに位置し、国家安全保障に関わる重要な協定なのだ。 第二次阿部政権発足と同時に「原発に依存しない・脱原発」スローガンは封印された。
今回の公約は「原発の安全性については原子力規制委員会の専門的判断に委ねる」と述べるにとどまり、「原子力エネルギー輸出国家・原発推進」に邁進することを明言している。
「国家100年の計」として「再生エネルギーの研究開発を国家プロジェクトとして立ち上げ、段階的に原発依存社会から脱却する」・・・このような方向性を打ち出せなかったのだろうか?
出来ないのだ・・・そういう状況に今の日本はない。

 

「原子力ムラ」の商人たちは勿論、「脱原発」には猛反対だが、日本政府が「日米原子協定」に縛られて、身動きできないのも十分に見透かしている。どう転んでも「原子力に依存しない・脱原発」はない。彼らはそう確信している。

 

彼らは廃炉費用は料金回収で、汚染除去費用、原発賠償費用は税金投入で賄おう、と決して自分達が痛まない方向でこの福島原発事故をやり過ごそうとしている。彼らには原発事故など痛くもかゆくもないのだ。第二、第三の原発事故は起きる。しかし、それでも「原発推進」は続くだろう。
米国のエネルギー世界戦略に組み込まれ、「原子力ムラ」にがっちりとわきを固められた日本。

「脱原発」を封印する力は余りにも強大すぎる。

今のままの政治・社会状況では何も変わらない。

 

「脱原発」・「原子力に依存しない社会」は現実を知らない者の妄想だろうか?そうではない。

それはこの自然界、我々人間を含め、一切の動植物たちの声なき声をも代弁する、命の叫びとも思う。

その「叫び」をつなぎ合わせ「実現化」する・・・

それは出来る。

 

我々一人ひとりの意識に関わっていると思う。
                        

                                陸奥や 春を奪いし 原炉の火   

 

 

        2013年8月9日 記・長崎原爆投下日